2023年03月08日
産業用資材
図はエジプト人が手臼に依って製粉している全工程を示したものです。aは篩の形を示し、bは篩を使用しているところを描いています。また、左右の象形文字は絵図の意味を説明しています。
古代の人々が最初に行った加工は、殻物を粉砕し皮を分離することであったといわれており、その道具として石臼が生み出されました。こうした食糧の加工は紀元前4000年頃から行われていたと考えられ、その後粉とふすまの分離が必要となり、篩が使われるようになりました。その材料として適した糸を見つけるまでには時間がかかり、最終的に馬の尾の毛で織った篩が生み出されました。
篩の糸には、細く丈夫で滑りが良い性質が求められ、材料として馬の尾、麻、針金などが用いられました。絹糸が使用されるようになったのは12世紀頃で、その出現により純白の小麦粉が得られるようになりました。篩の需要は欧州一帯にわたって増加し、特にスイスが篩工業の中心となりました。
日本でも篩の材料として最初に用いられたのは馬の尾毛で、絹の篩が使用されるようになったのは織布技術が発達した後のことです。篩絹は食生活に密着し、神事にも欠くことのできない必需品であったとされています。
日本の機械製粉の時代は大正2年頃から始まり、当時の製粉機械にはスイスの紗織篩絹が使用されていました。国産化を試みて紗織篩絹の研究開発に尽力した結果、1929年(昭和4年)頃には一定の成果を収めました。しかし、当時の国内の技術水準では、スイスの製品に比べるとかなり見劣りのする製品であったことも事実です。
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